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東京地方裁判所 平成4年(モ)7635号 決定

主文

一  本件免責申立てに際して提出されている債権者名簿記載の債権に関し、次の部分について、破産者を免責する。

1  本件決定確定時の元利合計金額のうち、利息及び損害金の全部並びに破産宣告時の元本の一割相当額を除いた元本部分

2  破産宣告時の元本の一割相当部分に対する本決定確定の日の翌日から一年を経過する日までの遅延損害金

二  その余について、破産者の免責を許可しない。

理由

一  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  破産者は、昭和四一年三月高校を卒業し、構内作業員として勤務後、昭和五二年一〇月から甲田運輸に長距離運転手として勤務し、月額手取約二八万円の給料の支払を受けていた。その後、平成四年一〇月末に甲田運輸を退職し、翌月から乙田運輸に運転手として勤務し、手取月額約三五万円の給料の支払を受けている。破産者は、離婚に伴い、養育料等として月一五万円の送金を約束し、以後その支払を続けている。

2  破産者は、昭和四八年一一月一四日乙野花子と婚姻し、同女との間に昭和四九年一一月一七日に長女を、昭和五〇年一二月五日に長男をもうけ、以後、四人で甲田運輸の社宅に居住していた。しかし、破産者は、平成四年一一月二三日頃、妻と離婚し、従前の甲田運輸の社宅に妻、子供らを置いたまま退去し(分かれた妻は、甲田運輸の食堂に勤務している。)、一人で新しい勤務先の乙田運輸の寮に転居し、以後一人暮らしを続けている。

3  破産者は、昭和六二年春頃から平成二年初め頃まで競艇にのめり込み、月に五、六万円を費消したため、昭和六三年末頃には負債総額が約一三〇万円程度となつた。

4  その後、破産者は、カードを利用して、返済のための借入を繰り返したため、破産申立て当時には、負債額が約二〇〇〇万円となつていた。

5  破産者は、破産宣告前の審問の際には裁判所から、破産宣告後は破産管財人から、給料の一部を積み立てて、財団に組み入れるよう勧告を受けていた。

6  破産者の実兄らは、破産者の窮状を救済するため、破産申立ての予納金五〇万円を任意に拠出したほか、財団に一五〇万円を贈与したが、破産者は、給料からの積立てができず、破産者からの財団への組入れは一銭もなかつた。

7  本件破産事件については、一六名の債権者から総額一三一六万円余の債権届出がなされ、一一名の債権者の一一五〇万円余の債権が確定した。

8  この間、破産管財人からは、再三にわたり、破産債権者への誠意を示すために新得財産の一部を財団に組み入れるように説得がなされたが、結局、破産者は、新得財産からの拠出をしなかつた。

9  破産者からの任意拠出がなされなかつたため、配当の遅れを避けるため、平成五年五月最後配当の実施が行われ、各債権者に対しては、確定債権につき一割の配当金が支払われた。

10  破産者は、甲田運輸の退職に当たり、退職金一五〇万円の支払を受けたが、そのうち七万円を妻に渡したものの、残金は同じ会社に勤務する実兄の手により、破産宣告前に発生していた同僚に対する借金約三〇〇万円の返済に案分して充てられた(この同僚に対する債務は、破産申立時に破産者から提出された債権者名簿には記載されていなかつたし、そのような負債が当時存在しているとの説明もなかつた。)。

また、破産者は、甲田運輸共済会から住宅資金貸付金名下に三五〇万円を借り受け、甲田運輸に勤務中には月々割賦で返済していたが(この債権は、破産申立時の債権者名簿に記載されていたが、同共済会は債権届出をしていなかつた。)、破産者の甲田運輸からの退職に伴い、同共済会は、保険会社に保険事故発生を原因として保険金の支払請求をし、その支払をした保険会社から債権届出がなされたため、破産管財人は、最後配当の直前に同保険会社と和解をし、その債権の放棄を得ている。

11  破産者が破産管財人の再三にわたる催告にもかかわらず、積立てをしていなかつたのは、この割賦弁済をしていたことのほか、親族からの借入金の返済を続けていたことも影響している。

二1  以上の経緯によると、破産者の破産の原因は、競艇のための出費によることが明らかであり、破産者には、破産法三六六条ノ九第一号、三七五条一号所定の免責不許可事由が存在するものと言わねばならない。

また、破産者は、甲田運輸を退職した当時、同僚に対し約三〇〇万円の負債を負つており、その事実を告知していなかつたことは、財産状態について事実を告知していなかつたもので、破産法三六六条ノ九第三号ないし同条第一号、三八二条所定の免責不許可事由に該当するものと言える。

そして、それらの債権者に対して退職金全額で支払をした行為は、少なくとも破産宣告時点に支払われるべき退職金の四分の一相当額に関する限り、破産財団に属する財産を破産債権者に不利益に処分したこと(破産法三六六条ノ九第一号、三七四条一号)に該当するものと言わねばならない。

2  このように、破産者の行為に免責不許可事由がある場合でも、裁量により、免責の許可をすることも許されるものと解されるが、前記した免責不許可事由の内容及び程度と、破産者の健康状態、年齢、収入等を考慮すると、破産者については、破産債権者に対して一部弁済をする等の誠意を示すことがなければ、裁量による免責を認めることは困難である。

そのような配慮から、宣告当時から、新得財産からの一部積立てによる財団への提供を勧告されていたものであるが、破産者は、結局、その勧告に従わず、新得財産からの財団への提供は一銭もなかつた。

確かに、破産者は、家族と同居しており、子供の学費等にある程度の費用を要する状態にあつたことは窺われるが、居住していたのは勤務先会社の社宅ないし寮であり、生活を切り詰めればある程度の積立てが可能であつたと認められる。

ところで、本件破産事件では、破産者本人からの財団への拠出はなかつたものの、破産者の親族から財団への贈与があり、それにより、一割の配当をすることができたのであり、この点も、裁量免責の可否の判断に当たつては、考慮することができるが、そのことを考慮にしても、破産者からの財団への拠出がない限り、免責を認めることは相当でない。

3  このように現状のままの状態の下では、免責許可の裁判をすることができない場合について、本人の将来の履行を期待して、債権の一部について免責を認め、他の部分について免責を不許可とする裁判をすることも、現行破産法は、容認しているものと考えられる。

そして、破産者の不許可事由の内容及びその程度、破産者の現在の健康状態及び生活状態を考慮すると、破産者については、各破産債権者に対する債務の元利合計のうち、破産宣告時における元本の一割相当額(本件破産手続においては、一割の配当を受けた破産債権者も存在するが、この配当を考慮しないで算出される破産宣告時点の元本)につき免責を認めず、残りの部分(残りの元本、利息及び損害金。配当を受けた債権者については、配当を受けた金額を除いた部分)につき免責を認めるのが相当である。なお、破産債権者の中には、破産手続において配当を受けた債権者と、配当を受けていない債権者とが混在しているが、破産手続により配当を受けていない債権者は、その配当を受ける機会が保障されていたのにその権利行使を怠つたものであり、債権者間に受ける利益の面で差異が出ても、やむを得ない。

この免責が認められない額が少なくないことを考慮すると、新得財産からの積立て及びその後の弁済にある程度の期間を要することが明らかであるので、破産者の更生のため、この免責についての裁判確定時から一年間を経過する時までの履行を猶予することとし、免責されない金額について右期限までに発生する遅延損害金については免責するのが相当である。

4  以上の理由により、

(一)  破産者から提出されている債権者名簿に記載されている各債権者の債権に関して、本件決定確定時の元利合計金額のうち、利息及び損害金の全部、破産宣告時の元本の一割相当額を除いた元本部分並びに破産宣告時の元本の一割部分に対する本決定確定時から一年経過する時までの遅延損害金の部分について破産者を免責し、

(二)  その余について、破産者の免責を許可しない

こととするのが相当である。

三  よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中康久)

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